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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)2388号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三五二万九四八二円及びこれに対する平成二年二月二二日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金三五四万九四八二円及びこれに対する平成二年二月二二日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告丸万証券株式会社(以下「被告会社」という。)のいわゆる証券レディである被告大北幸恵(以下「大北」という。)の勧誘で中山製鋼所の外貨建ワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入した原告が、本件ワラントの価格が激減し、購入額と売却額の差額金の損害を被つたとして、被告大北に対し、説明義務違反などを理由とする不法行為責任を、被告会社に対し、被告大北との共同不法行為責任、あるいは使用者責任もしくは債務不履行責任などを求めた事案である。

一  争いがない事実

1  原告は、商事会社を退職後、大阪市内で化学品関係の株式会社エヌ・ティ・シィを営む本訴提起時(平成四年三月二四日)六二歳の男性であり、昭和六三年九月から被告会社大阪支店(以下「大阪支店」という。)で株式取引などを行つている。

2  被告会社は、株式取引の仲介等を目的とする会社であり、被告大北は、大阪支店証券貯蓄課所属の証券外務員で、いわゆる証券レディであつた。

3  ワラント(新株引受権証券)とは、一定期間(行使期間)内に一定の価格(行使価格)で一定の数量の新株式を買い取ることができる権利が付与された証券のことをいう。

ワラント債(新株引受権付社債)とは、ワラント(新株引受権証券)付きで発行される社債であり、ワラント部分と社債部分を切り離せる分離型と切り離すことができない非分離型とがあるが、分離型のワラント債の発行後に、ワラントと社債権を分離した場合、ワラント部分だけが単独で流通する。

4  原告は、平成二年二月一五日、被告会社から本件ワラント(一九八九年二月三日発行)を一〇単位購入し、同月二二日、三六二万二五〇〇円を支払つた。本件ワラントの購入についての被告会社の担当者は被告大北であつた。なお、原告の買付単価は五〇・〇〇ポイントであつた。

5  原告は、平成三年一〇月二三日、本件ワラントを被告会社に売却したが、売却手取額は三九万三〇一八円であつた。なお、原告の売却単価は六・〇〇ポイントであつた。

二  原告の主張

1  証券会社の責務

証券会社は証券取引の専門家であり、知識、経験、情報等のいずれの点においても、一般投資家に比して卓越した地位にある。したがつて、証券取引においては、「売手注意の原則」に立脚した投資家保護の確保が極めて重要な法理念とされており(いわゆるレッセ・フェールの修正)、証券会社は顧客たる投資家に対して忠実義務を負い、誠実かつ公正に業務を遂行すべき高度の業務上の注意義務を課せられている。右のことは、明文はなくとも証券会社の地位や性格から当然に導びかれるものであり、我国も参加している証券監督者国際機構の行為規範原則にもその旨明記され、我国でも、大蔵省証券局長通達として法源化している。

2  自己責任原則との関係

自己責任原則が証券取引における基本原理であることは言うまでもない。しかし、自己責任原則は、単に責任根拠としての意義を有するものではなく、およそ証券取引に関与する者は、投資家の自己責任による取引を制度的に保証し、現実に確保しなければならない。前記1で述べた証券会社の地位に鑑みると、証券会社は、少なくとも、一般投資家が自己責任を負えるだけの判断材料を提供し、条件を整えた場合でなければ、投資家に対して自己責任を問うことはできない。

3  ワラント取引の危険性

(一) ワラントは極めてリスクの高い証券で、株式であれば、せいぜい価値が半分位にしか下がらないものが、ワラントの場合は、行使期限を徒過すると、価値が全くなくなつてしまうとともに、行使期限前でも価値がごく短期間で半分以下になつてしまつたり、少しの期間で価値が零に近ずいたり、また、株式と違つて、所有し続ければ価値がいつかは回復するということも期待できない。

(二) また、ワラントは価格形成のシステムが不完全なうえ、通常の株式取引とは違つて、顧客の購入相手が証券会社であるという相対取引で取引が行われる。したがつて、投資家としては、そもそも公正な価格でない可能性を否定できない状態でワラントを購入するとともに、購入したワラントを売却する場合も、売却の相手方は証券会社であるから、ワラントが暴落するような場合、証券会社が暴落するワラントを買うことが期待できない。

4  不法行為責任

(一) 説明義務違反

(1) 被告大北は、原告に対し、仕組みが複雑で、極めて危険な商品で、株式とは異なる証券であるワラントについて、ハイリスク、ハイリターンであるということだけを説明し、かえつて、ワラントが株式類似のものであるかのような理解をさせる説明を行い、その結果、原告がワラントの危険性その他についてほとんど理解できないまま、原告に本件ワラントを購入させたもので、原告は、被告大北の説明義務違反、不当な勧誘がなければ本件ワラントを購入することはなかつた。

(2) ワラント説明書交付義務違反

被告大北は、原告に対して、ワラントについての説明書を交付しないで本件取引を行わせた。説明書交付義務違反は、それのみでも不法行為を構成する。原告は、乙一八の説明書の交付を受けていない。仮に、右説明書の交付を受けていたとしても、それによつて説明書交付義務違反を免れられるものではない。何故なら、乙一八はワラントの宣伝パンフレッドであることから、ワラントの危険性についての指摘が全くなく、有利な点のみが強調されているから、乙一八によつては、ワラントの危険性について十分に理解できるものではない。

(3) 以上のような説明義務違反があつた場合、ワラント取引においては、その違法性は社会的相当性を欠くもので、全体として説明義務違反として不法行為を構成する。

(二) 相対取引であることの説明義務違反

ワラント取引が相対取引で行われることは、ワラント取引において極めて重要な事項であり、この点の説明は不可欠のものである。ワラント取引が相対取引であることを説明しないことは独立して不法行為を構成する。

(1) ワラント取引は相対取引であるから、顧客の損失即証券会社の利益という利害相反の構造になる。少なくとも、ワラントの価格が暴落している時には、証券会社は暴落中のワラントの売却を顧客に勧めることはしない。

(2) 被告大北は、ワラント取引が相対取引で行われることも原告に説明しなかつた。これは、証券取引法四六条違反である。原告は、相対取引の事実を知つていたならば、暴落した本件ワラントをそのまま保持するという態度はとらなかつた。相対取引の説明を怠つたことは、ワラント価格の暴落時の対応を必然的に誤らせるものであり、不法行為の大きな要素となる。

(三) 断定的判断の提供

被告大北は、本件ワラントの勧誘の際、原告に対し、「専門家がついているので損をすることはないだろう。間違いなしにフォローできる。」と断定的判断の提供をしている。

これは、証券取引法(改正前)五〇条一項一号に違反する違法行為である。

(四) 適合性の原則違反(不当勧誘回避義務)

大蔵省局長通達によれば、投資勧誘にあたつては、投資家に正確な情報を提供し、投資家の意向、経験等に適合した投資が行われるように配慮するよう規定されている。

被告大北は、原告がワラントのような、場合によつては無価値になつてしまうような証券を希望せず、また、ワラントを購入した際にも、自分ではその価格を日常知る手だてを持たず、被告大北の価格報告を待つて売却時期を決めようとしていることを知りながら、ワラントについての購入後の正確な情報も提供しないで原告に本件ワラントの売却を勧めたものであつて、被告大北のこのような勧誘行為は、不法勧誘回避義務に違反した違法なものである。

(五) 価格の報告を受けられると誤信させた上での勧誘

原告は、自分ではワラントについてその価格を知る手だてを持つていなかつたものであり、被告大北が、大きな価格の変動があつた時には報告すると約束したからこそ、本件ワラントを購入した。しかし、被告大北は、本件ワラントについての必要な価格の報告を怠つた。以上の被告大北の行為も不法行為を構成する。

(六) 以上述べた被告大北の本件ワラントの勧誘、売買方法は、私法秩序全体の観点から相当性を欠く違法なもので、不法行為が成立する。

被告会社は、被告大北ともども右の不法行為を組織的一体として行つた責任及び被告大北の使用者として、原告に対し、不法行為責任がある。

(七) 公序良俗違反

(1) ワラントは極めて値動きの激しい証券であり、かつ、一定期限までに必らず売却または行使の必要がある。

(2) 原告は、被告会社に本件ワラントを売却する以外に売却の方法が事実上なかつた。

(3) 原告が被告会社に本件ワラントを売却する際の価格は、被告会社が決めたものである。原告は右価格での売却を拒絶することはできたが、他に売却する手段を事実上持つていなかつたので、やむをえず、売却せざるをえなかつた。

(4) 売却益を得ることを当然の前提とするワラントの売買において、有利な売却ができなければワラント購入の意味はない。

(5) 以上のとおり、本件ワラント取引は、顧客から証券会社への売却手続において、本質的に不当なものであり、公序良俗に反するというべきである。また、原告は、このような不当かつ原告に不利な取引形態について何ら知らされていなかつた。

ワラント取引自体の不当性とそれを原告がほとんど知らされていなかつたということと相まつて、本件ワラントの売買は公序良俗に反するものであるところ、被告らは、このような取引に原告を引き込んだものであり、不法行為を構成する。

5  債務不履行責任(被告会社について)

原告と被告会社は、本件ワラント取引について売買契約の当事者の関係にあり、不法行為について述べた義務違反は、売買契約の債務不履行にあたる。

6  不当利得責任(被告会社について)

被告らが原告に本件ワラントを購入させたことは、前述のとおり、公序良俗に反し、無効である。

したがつて、被告会社は、原告に対し、売買差益分の不当利得返還義務がある。

三  被告らの主張

1  原告は、被告会社との取引以前から株式取引をしており、金の先物取引もしているということであつた。原告と被告会社との取引は、当初から被告大北が担当したが、原告は被告会社と株式・投資信託、転換社債、入札、公募などの取引を行つてきた。

2  平成元年一〇月ころ、証券市場は活況を呈していたが、原告は、被告大北に対し、「何か儲かる商品はないか。」ときいてきた。被告大北は、従来勧めてきた公募、入札、転換社債などの資料も持参したが、原告の意向に添う目新しい良い商品がなかつたので、大阪支店の営業部と相談し、ワラントの資料を持参して、ワラントの説明をした。同月六日を含めて、同日までに乙一三の資料の持参及び説明が行われた。原告は、ワラントという言葉は勿論知つていたが、被告大北は、ワラントの性格(ハイリスク・ハイリターン)や行使期限がくれば価値を失うことなどを説明した。また、原告は転換社債との区別がはつきりしないようであつたので、被告大北はその点を説明した上で、乙一八の「わかりやすい転換社債とワラント債」を原告に渡した。原告は乙一八を受け取つたことを否定しているが、渡したことは間違いない。

3  原告は、平成元年一〇月三一日、日本合成ゴムのワラント一〇単位を二五六万七七〇〇円で購入し、翌一一月一日、売却し、五万五五三七円の利益をえている。原告は、被告大北の指示で売却したと主張するが、被告大北が電話で日本合成ゴムのワラント価格を伝えたら、「一回利食つてみよう。」といつて、原告が売却を指示したのである。

4  原告は、平成二年二月五日、中山製鋼所のワラント一〇単位を三三三万六三一八円で購入した。被告大北は、右時点では、ワラントの説明をしたり、ワラントの購入を強く勧めたことはない。原告のワラントをやつてみようとの意向を受けて、営業部と相談し、中山製鋼所という銘柄を選んで、その資料を持参したのである。原告は、同月七日、右中山製鋼所のワラントを売却し、二五万六三六七円の利益をえたが、右売却は原告の指示による。

5  本件ワラントの購入について、被告大北が強く勧めたという事実はない。右4の中山製鋼所のワラントの値動きを伝えている中で、原告が再度購入する意向を示したものである。被告大北は、いわゆる証券レディであり、この当時も、原告に対し、中国ファンド等の購入を専ら勧めていた。しかし、目新しい、良い商品を購入したいとの原告の意向を受けて、ワラントの資料の提供や説明に努めていたのにすぎない。当時、被告大北の担当する顧客で外国ワラントを購入したのは原告一人である。被告大北は、原告の主張するような断定的な説明をしたり、積極的な勧誘は一切していない。

6  被告大北は、原告が本件ワラントを購入した後は、毎日のように原告に連絡していた。本件ワラントの購入後、平成二年二月二〇日に一日だけ購入価格を越えたが、その後は下げ続け、同年四月四日に一五・四七ポイントの安値をつけた。このため、原告としては売却指示が出せなかつた。しかし、平成二年七月ころ、株価の回復とともに、本件ワラント価格も回復し、同月一六日には四二・七二ポイントの高値となり、被告大北は、原告に対し、右の事実を伝えたが、原告はもう少し様子を見るという態度であつた。

7  原告は、ワラントの取引が相対取引であり、顧客と証券会社との利害が相反するので、相対取引の説明があつたならば本件ワラントを購入することはなかつたと主張する。

確かに、ワラントの取引は相対取引であるが、その実態は、市場での気配値を参考に業者間の売買を連動させており、顧客との取引価格も業者間の価格に一定の手数料相当額を加えているのみであつて、事実上、市場売買に準じた方法をとつている。

このような実態からみれば、相対取引だから顧客と証券会社の利益が相反するというのは正しい見方ではない。

8  以上述べたように、被告らには、原告の主張する不法行為責任、債務不履行責任、不当利得返還義務はない。

四  争点

1  本件ワラントの販売について、被告大北に不法行為を成立させる違法な行為があつたか。

2  被告会社に不法行為責任、もしくは債務不履行責任あるいは不当利得返還義務があるか。

3  1、2が認められた場合の原告の損害はいくらか。

第三  判断

(不法行為責任について)

一  原告の投資経験、被告会社との取引状況について

原告は、昭和六三年九月から被告会社との証券取引を始めたが、本件ワラント購入時までの取引は、後記二回に及ぶワラントの購入を除くと、株式、投資信託、転換社債、入札、公募などであつた。原告は、昭和六三年九月以降は、被告会社以外の他の証券会社との取引はない。なお、原告は、これまで金の先物取引の経験はあるが、それは、一六万程度を投資するという程のものであつた。信用取引の経験はない。

二  日本合成ゴム及び第一回目の中山製鋼所のワラント購入について

1 原告は、平成元年一〇月三一日、日本合成ゴムのワラント一〇単位を二五六万七七〇〇円で購入した。右のワラントの購入状況は次のとおりである。

(一) 原告は、一過性脳虚血発作のため、平成元年一〇月六日から同年一一月六日まで、国立大阪病院に入院した。原告は入院前の同年九月二五日にユーエスシーの株式一〇〇〇株を買い、入院中の同年一〇月一八日にこれを売却し、約六〇万円弱の利益をえた。

(二) 原告は、ユーエスシーの株式の売買で利益をえたので、平成元年一〇月三一日の二、三日前に、病院から被告大北に電話をして御礼を述べた際に、被告大北からワラントの購入を勧められた。ワラントの話は、原告からではなく、被告大北の方から出たものである。被告大北がワラントの購入を勧めたのは、被告大北自身が、ワラントは商品として有望であると思つていたことによる。原告にとつて、ワラントの取引は初めての経験であつた。

(三) 原告は、購入の翌日の一一月一日、日本合成ゴムワラントを二六二万三二三七円で売却した。右売却は、「今のワラント価格によれば、売却すると利益はこの程度になる。」との被告大北の説明を受けて、原告が決意したものであり、原告の方から、自発的、積極的に売却の意思を伝えたものではなかつた。

2 原告は、平成二年二月五日、中山製鋼所のワラント一〇単位を三三六万六三一八円で購入し、同月七日、三五九万三二八五円で売却した。右ワラントの購入についても、原告から話を持ち出したのではなく、被告大北からの勧めによるものであつた。また、売却についても、原告から、自発的、積極的に言い出したのではなく、被告大北からの勧めに基づくものであつた。(以上の事実については、《証拠略》)。

三  日本合成ゴム及び第一回目の中山製鋼所のワラント購入時の被告大北の説明について

1 前記二の1の(二)でみたように、原告にとつて、日本合成ゴムのワラント購入が初めてのワラントの取引であつたが、右取引までの間に、原告が自らワラントについての知識を取得したことはなかつた。

2 ところで、被告らは、当初、被告大北は、日本合成ゴムワラントの購入前の平成元年一〇月六日、一一日、二七日、三〇日、三一日に原告の事務所を訪問し、ワラントについての説明を行つたと主張していた。

また、被告大北は、主尋問では、日本合成ゴムの購入前に、一か月程にわたつて原告にワラントの説明をした、乙一三の一(ユーロ・ワラント主要銘柄引値)の資料を持参し、ワラントはハイリスク、ハイリターンのものであり、行使期限を徒過すると、無価値になる、ワラントと転換社債との区別や日本合成ゴムのワラントには、社債部分は含まれていないなどと説明したところ、原告はある程度のことは理解してくれた、日本合成ゴム購入の前後に、乙一八(わかりやすい転換社債とワラント債と題する本)を渡したと供述した。なお、被告大北が作成したとする行動予定、行動実績表には、一〇月一一日、二七日、三〇日に原告事務所を訪問し、ワラントに関する資料を渡したなどとの記載がある。

3 しかるに、被告らは、後日になつて、被告大北が一〇月一一日、二七日、三〇日に原告事務所を訪問したとの主張部分を撤回し、「いずれにしても、平成元年一〇月三一日までにワラントについての基本的な事柄の説明を行つた。」と主張を変更するに至つた。

右変更後の主張自体から明らかなように、変更後の主張では、被告大北が原告にワラントの説明を行つたとする具体的な日時、場所は全く特定されていないし、具体的な説明内容も不明である。

このように、変更後の主張自体、甚だ心もとないものであり、説得力に欠けるといえる。

また、被告大北自身、反対尋問では、主尋問に対する供述とは違つて、原告にいつワラントについての説明を行つたというのか、具体的に供述することができなかつた。さらに、乙二七、二八の行動予定、行動実績表についても、本訴提起後、上司の指示によつて新たに書き加えた部分があると供述するに至つたが、書き加えられた部分が正確な資料に基づくものであるかとの点については、これを肯定する供述を行うことができないものである。乙二七、二八の信用性については、相当に減殺する必要がある。

4 さらに、重要なことは、原告の日本合成ゴムの購入の際に、被告大北自身がワラントについての正確で、十分な知識と理解力を有していたとは到底認め難いことである。右のことは、被告大北の法廷での供述から明白である。

5 以上に対し、原告は、日本合成ゴムのワラントの購入は、ワラント購入日の二、三日前に、電話で被告大北から話があつたと供述し(前記二の1の(二)参照)、さらに、日本合成ゴムの購入時まで、被告大北からワラントについての詳しい説明はなかつた、原告としては、ワラントについての理解が十分でないまま、それまでの被告大北との信頼関係もあり、日本合成ゴムのワラントを購入したと供述する。

前述のように、日本合成ゴムのワラントの説明についての被告らの主張自体、説得力に欠けることや乙二七、二八の行動予定、行動実績表の信用性に疑問があること、そもそも、被告大北自身が、ワラントについての正確で十分な知識と理解力を有していたことは認め難いことからして、ワラントの説明を行つたとの被告大北の供述の信用性には疑問が生ずることを考えると、原告の供述は信用できると認められる。

6 なお、被告大北自身、法廷で、ワラント取引が相対取引であることの説明をしていないことを認めている。

7 以上を総合すると、原告が日本合成ゴムのワラントを購入するについて、被告大北は、原告に対し、ワラントの購入を行うについて必要とされる知識を取得させるために、正確で、十分な説明を行つたとは認められない。

原告自身、ワラントについての事前の知識はなく、ワラントの何たるかを理解しないまま、日本合成ゴムのワラントを購入したと認められる。

8 なお、乙一八(わかりやすい転換社債とワラント債と題する本)について、被告大北は、日本合成ゴムの購入前かその後で原告に渡したと供述する(前記2)が、ワラントの説明を行つたとする被告大北の供述自体の信用性に疑問があることや受け取つたことを否定する原告の供述に照らすと、乙一八が原告に交付されたと認めることはできない。

9 次に、原告が第一回目の中山製鋼所のワラントを購入するについて、被告大北が、原告に対し、ワラント取引に必要とされる知識、理解について説明を行つたと認めるべき証拠はない。

四  本件ワラント購入時の被告大北の説明について

1 原告が第一回目の中山製鋼所のワラントを購入二日後の平成二年二月七日に売却したことは前記二の2で認定したとおりであるが、右売却代金三五九万三二八五円は、同月一四日に原告に入金されている。

2 ところで、原告は、本件ワラントを右売却代金入金の翌日の平成二年二月一五日に購入しているが、本件ワラントの購入にあたつて、被告大北が、原告に対し、ワラントについての説明を行つたと認めることはできない。

右1でみたように、第一回目の中山製鋼所のワラント売却代金が入金になつたので、原告が被告大北に、取引に適当な商品がないか尋ねたところ、被告大北から、「もう一度、中山製鋼所のワラントを買つたらどうか。」と勧められて本件ワラントを購入したものである。

右勧誘の際、被告大北は、「専門家がついているし、オペレーターがしつかりしているので、損をかけることはないだろう。間違いなしにフォローできる。」などと説明した。ハイリスク、ハイリターンとの説明はあつたが、その具体的内容の説明は、「中山製鋼所の株式価格が上下すれば、ワラントの価格は、株式価格より大きな幅で上下する。」という程度のものであつた。

なお、ワラント取引が相対取引であるとの説明はなかつた(以上の事実については、《証拠略》)。

五  本件ワラント購入後の情報提供について

原告は、本件ワラントの価格などについては、被告会社から情報を入手する以外に入手手段を持つていなかつた。被告大北は、本件ワラント勧誘時に、原告にワラント価格について情報を提供する旨約束していたが、現実には、被告から原告に、自発的、積極的に情報提供はなされず、原告が被告大北にワラント価格の問い合わせをした際に答える程度であつた。

六  以上の認定によれば、次のように言うことができる。

1 まず、被告大北は、本件ワラントの勧誘について、ワラント取引に必要とされる知識の説明義務を怠つたといわねばならない。原告はワラントについての知識を持つていなかつたのであるから、被告大北としては、十分説明義務を尽くすべきであつた。

また、ワラントの説明書についても、被告大北はこれを原告に交付しなかつたと認められる。

2 被告大北は、原告に対し、ワラント取引が相対取引であることの説明を一切していない。

3 前記四の2によれば、被告大北は、本件ワラントの勧誘の際に、原告に、「専門家がついているし、オペレーターがしつかりしているので、損をかけることはないだろう。間違いなしにフォローできる。」と説明しているのであり、右は断定的判断の提供に当たるといえる。

4 本件ワラントの購入は、原告が自ら積極的に希望したものではなく、被告大北の勧誘によるものであつたが、被告大北自身がワラントについての正確な知識を持たず、十分な理解をしていなかつたために、原告に対しても十分な説明ができなかつたといえる。

一方、原告はワラントについての知識を持つていなかつたし、また、被告会社以外からワラントについての情報を入手することはできなかつたものである。

以上に、原告の証券取引の経験と知識などを合わせ考えると、原告に、ワラント、特に本件のような外貨建ワラントの購入を勧誘するのは適当でなかつたと認められる。

5 原告が本件ワラントを購入した後の、被告大北の原告に対するワラント価格についての情報提供は十分でなく、勧誘時の、ワラント価格について情報を提供するとの約束を怠つたといわねばならない。

6 ところで、ワラントは、前記争いのない事実の3でもみたように、株式などと異なり、その仕組みが複雑で、価格形成システムも必らずしも十分とはいい難いうえ、価格の変動も株式などよりはるかに大きく、いわゆるハイリスク、ハイリターンな商品といえる。また、その取引は証券会社との相対取引である。

一般投資家にとつては、株式などに比べ、極めてなじみの薄い商品であり、一般投資家がその価格変動についての情報を入手することはなかなか容易ではない(弁論の全趣旨)。

右に述べたワラントの性質、仕組みなどからすると、一般投資家にワラントの取引を勧誘する場合には、株式取引などに比べ、正確な情報を十分に説明し、できるだけ、ワラントについての十分な理解をえられるよう努めるべきといえる。

一般投資家がワラントについての理解がないか、あるいは自己の権利を守るために必要な理解をしていないような状況で、ワラント取引を勧誘し、取引を成立させるようなことは厳しむべきといえる。

7 以上を総合して考慮すると、被告大北の原告に対する本件ワラントの勧誘行為は、全体的に違法性が強く、民法七〇九条の不法行為に該当するというべきである。

また、被告会社には、被告大北の使用者として、民法七一五条の使用者責任がある。

8 なお、証券取引における基本原理である自己責任の原則との関係について触れると、自己責任の原則は、証券会社が一般投資家に対し、自己責任を負えるだけの判断材料を提供し、投資条件を整備して初めて妥当する。

しかし、被告大北の勧誘行為に照らすと、本件では、投資条件が整備されたということはできず、したがつて、自己責任の原則は、その前提を欠き、妥当しないというべきである。

9 したがつて、被告らは、原告に対し、各自、原告の被つた損害を賠償する義務がある。

(損害)

一  原告が本件ワラントの購入代金として、平成二年二月二二日、三六二万二五〇〇円を支払つたこと及び本件ワラントの売却代金が三九万三〇一八円であつたことは、前記争いがない事実4、5のとおりである。

したがつて、原告は、被告大北の不法行為である勧誘行為によつて、購入代金と売却代金の差額である三二二万九四八二円の売買損を被つたといえる。(前記不法行為責任について判断したところによれば、本件においては過失相殺をするのは相当ではない。)

二  被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は三〇万円をもつて相当と考える。

第四  結論

よつて、被告らは、原告に対し、各自金三五二万九四八二円の支払義務がある。

(裁判官 武田和博)

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